気付いたきっかけは、スマホでした。40代の後半ごろから、画面を見ていると、どうもピントが合いづらい。「疲れ目かな」くらいに思っていたのですが、ある日、スマホを少し遠ざけてみたら——すっと文字がくっきり。ああ、これはもしかして。そう、老眼の始まりでした。
覚悟は、していました
不思議と、ショックはありませんでした。「そういう年齢だもの、仕方ないか」と、わりとあっさり受け入れられたんです。
というのも、私の目には歴史がありまして。もともと両目とも視力0.03ほどの、強い近視でした。コンタクトと重たい眼鏡が手放せず、起きてまず眼鏡を探す毎日。それが本当に不便で、30歳のときに思いきってレーシック手術を受けました。
朝、目を開けた瞬間に時計が見える。裸眼で歩ける。文字どおり、生まれ変わったようでした。世界が変わった感動は、20年経った今も忘れられません。ただ、手術後は近くのものにピントが合いづらくなり、「老眼は少し早めに来るかもね」と、心のどこかで覚悟していたのだと思います。でも20年間の快適な日々を思い返すと後悔なんて、まったくありません。
今は、虫眼鏡でしのいでいます
最近は、小さな文字が本当に読めなくなってきました。そろそろ老眼鏡かな、と思いつつ——実はまだ、デビューしていません。
今の私の相棒は、虫眼鏡です。昔、おばあちゃんの家にあったのを思い出して。あの丸いレンズを片手に文字を追っていると、なんだか少しエモい。自分ではけっこう、気に入ってます。

夜のスマホには、気をつけて
とはいえ、困ることもあります。特に夜は見えにくさが増して、スマホがつらい。LINEでお返事するとき、似たアイコンの方に間違えて送ってしまい、「あの、もしかして誤送信では……?」とやさしく教えていただくことも、しばしば。気を使わせてしまって、本当に申し訳ないかぎりです。
そうそう、ささやかな抵抗もしています。ブルーベリーが目に良いと聞いてから、毎朝、豆乳ヨーグルトにブルーベリーを入れて食べているんです。「少しでも、進むのが遅くなりますように」と願いながら。……我ながら、往生際が悪いですね(笑)。
見えなくなって、気づいたこと
覚悟していたぶん、老眼そのものはすんなり受け入れられました。そしてひとつ、思いがけず気づいたことがあります。
書類を前に「ごめんなさい、よく見えなくて」と正直に言うと、驚くほど多くの方が、親切に対応してくださるのです。代わりに読んでくれたり、ゆっくり待ってくれたり。世の中には、こんなにやさしい人が多いんだなあと、しみじみ感じました。
見えにくくなって、少し不便になって。でもそのぶん、人の優しさが、前よりよく見えるようになった気がします。だから今度は私が、誰かにそっと親切にする番。老いは、視力を少し持っていくけれど、代わりに大切なものを見せてくれるのかもしれません。
あなたにも、見えにくくなって初めて気づいたこと、ありませんか?
年齢によるからだの変化を受け入れながらも、ときどき抗います。そんな体験エッセイを他にも綴っていますので、よかったらお楽しみください。



