みなさんは「幸せ」という言葉を、普段から口にすることはありますか。
私は、大切な人にだけは言うようにしてきました。「あなたが居てくれて幸せ」と。本当にそう思える相手にしか使わない言葉ですが、その相手には、わりと気軽に伝えています。
ただ——「幸せ」って、とても重い言葉だと思いませんか。なぜなんだろう、と不思議に思うのです。
そんなことを考えるようになったのは、50代での、はじめての留学がきっかけでした。しばらく海外の語学学校に通ってみたのですが、そこで出会った数人の日本人の方から、同じ言葉を聞いたのです。
留学先の食卓で、自然に出る「幸せ」という言葉
50代になると、残りの人生の距離がぼんやりと見えてきます。人生は一度きり。「やりたいことをやろう」と決心し、できることから実現していくことにしました。
そして「やりたいこと」のひとつに語学留学があり、今回はその滞在先での出来事です。
その言葉を聞いたのは、いずれも初対面の方との何気ない食事の席でした。何人かでご一緒した席だったり、二人でテーブルを囲んだ席だったり。
「私、今とても幸せです」と。
皆さん、私と同年代の方でした。お仕事を辞めてこられた方、長期のお休みを取ってこられた方、ご自分で事業をされている方。その時期にその場所にいなければ決して出会えない方たちばかり。滞在中にも色んなお話をさせていただきました。
「私も、今すごく幸せです」
驚いたのは、そのあとの自分のほうでした。
「わかります、私も同じ気持ちです」——そう返したあと、続けてこう言っていたのです。
「私も、今すごく幸せです」
考えて選んだ言葉ではありませんでした。ごく自然に、口から出てきたのです。
言い合ったあと、少しだけ、間がありました。気まずい間ではありません。お互いに、その言葉を噛みしめているような間でした。心なしか涙ぐんでいる方も。
あの数秒のことを、私はいまだに覚えています。
「幸せ」は、大きすぎる?
ここで、自分でも不思議に思ったことがあります。
冒頭に書いたとおり、私は大切な人にだけは「幸せ」と伝えていますが、それ以外の方に言ったことは一度もありません。しかも初対面の方にはなおさらです。それがふと不思議に思えました。
「幸せ」って日常のちいさな瞬間に使うには、どうにも大きすぎる。決して幸せを感じていないわけではなくて、言葉のほうが重すぎて、口から出てこないことが多いのですね。
英語の「I’m happy」は、もっと軽く、今この瞬間の気分にも使えるのだそうです。少しうらやましいような。でも、この日本語の重さも嫌いではないような。
だから私たちは、小さく言い換える
大きすぎるから、私たちは無意識のうちに、もっと小さな言葉に分けて使っているのだと思います。
嬉しい。楽しい。ありがたい。心地いい。ほっとする。満たされる。いいなあ。悪くない。
どれも「幸せ」より、ずいぶん身軽な言葉です。とくに「悪くない」なんて、照れ隠しまで込みで、いちばん私たちらしいのかもしれません。
「幸せ」と、言葉に出すのも悪くない
ひとりで感じる幸せもあれば、相手がいるからこそ感じる幸せもある。これからは、「幸せ」を軽く言葉に出してみようと思い始めました。たとえば、ひとりで楽しむ昼下がりのティータイムに、「はぁ~、幸せ」と。たとえば、友人とのランチに「この時間、ちょっと幸せじゃない?」と。
笑われるかもしれないけれど、自分がその瞬間「幸せ」を感じているなら、「幸せ」と言ってみる。押しつけがましくなく、自然に、素直に。言葉に出すと「幸せ」は思っているよりもずっと気軽に使える言葉になるかもしれない。
そして大切なその言葉をたくさん言ってみることで、人生の最期を迎えるときに「幸せな人生だったなぁ」と思いながら眠りにつけるかもしれない。なんて、ちょっと重いかしら(笑)
あなたが最近、「嬉しい」と言ったこと。「ありがたいなあ」とつぶやいたこと。
それを「幸せ」と言い換えてみませんか。
少し照れくさいけれど、よかったら、ご一緒に。


